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3ラウンド・システムの概要
3 Step System は、認知科学やシステム科学、および音声科学の知見を学際的、総合的見地から収集し、それらをシステム化して一つの理論にまとめ上げた指導理論です。人間学習者、とくに日本人学習者が外国語としての英語を効率的に学べるよう構築されています。
詳細については、『これからの大学英語教育』(岩波書店、2005)に解説してあります。3 Step Systemサイトとあわせて、ご参照ください。
臨機応変に説明を加えながら行われる人間教師による対面授業とは異なり、学習者が自律学習可能なCALL(Computer-Assisted Language Learning)を考える場合、教材は、提示すべき素材を用意すればよいだけではありません。
指導法に基づいて、素材の区切り方、提示する場所、提示の順序、タスク、解説等の扱い方を、詳細に定義しておかなくてはなりません。そのようにして制作されたものは「コースウェア」と呼ばれます。たとえば、25分前後の指導用英語音声素材(学習には約4カ月を要する)のコースウェア化には2,000ページ程度の原稿が必要とされます。
3 Step Systemの学習では、学習機会を学習目標の高さを基準に3分割します。そのStep 1からStep 3までの3段階の学習を「断続的」に行って完成させる形になっています。つまり、Part 1の3段階の学習の間に必ずPart 2とPart 3の学習が挿入されるので、Part 1の学習が連続的にではなく、間を空けて、断続的に行われるということです。詳細については、「学習者の方向けの3 Step System 概要」を参照してください。
以下に、Introduction to College Lifeという大学生 初中級用の教材の1セクション分の英文スクリプトを例にとり、Task、Hintに的を絞ってコースウェアの具体例を示します。
When I was in Australia, one of the, uh, delightful conversations I had with one of their faculty, I was explaining to him what we had been doing and he looked at me, he, and he said, “Bob, you are a thief. "And I, um, I kind of thought for a few minutes and I said, “What do you mean I'm a thief?" He said, "Well, I knew that engineers, uh, stole from mathematicians, physicists, material scientists and now you're stealing from social psychologists, organizational behavior theorists, and business people." And I said, "Yes, I am a thief." And that's exactly right. That's what interdisciplinary research is, is to learn from these fields, uh, to bring back what you learn to the field that you really practice in the core of and bring that, uh, new insight into operation. (Robert G. Bea, University of California at Berkeley)
3 Step Systemのコースウェアで漸進的に学ぶ際の3行程(Step 1 ~ Step 3)のそれぞれの下位目標はつぎの通りです。
- Step1:話の全体像を大まかな理解する
- Step2:詳細ではあるが表面的な内容の理解する
- Step3:言葉の背後にある話者の意図や、話の結論を理解する
これらの目標を達成させるためのTaskの例をつぎに示します。
- Step 1
Task1:
リストされた7つの語句のうち、聞き取れたものにチェック印をつけよう。Task2:
リストされた語句がこの話の中に使われているとしたら、発話の内容はおおよそどのようなものでしょうか。画面の写真もよく見て大胆に推測してみよう。
- Step 2
- Task1:
工学者は過去にどのような分野の人々から知識を盗んできたと言われていますか。
- Step 3
- Task1:
steal from … という語句が、この先生の話の中で別の表現で言い換えられています。その英語表現を見つけよう。
Step 1のTaskの実践を容易にするために準備されている情報群ですが、まず「事前情報」として、写真やイラストが提示されます。これらの画像は、発話の内容や発話の環境にしており、Step 1のTaskへの取り組みを助ける働きをしています。
また、語句リストは話の内容のキーワードであるため、実質的なHint情報として発話の大まかな理解を補助します。原則として、リストする語句は学習者にとっての既習語としますが、新出語がある場合にはWords(単語の辞書)やPhrases(フレーズ、熟語、慣用表現の辞書)で、「綴り」と「日本語訳」と「音声」の関係について学習できるようになっています。
Step 2のTaskの実践時には、Step 1で学んだことが情報のトップダウン処理のための事前情報となりますが、ここでは各Taskに3種類ずつ準備されているHint情報と、辞書の機能を有効に活用できます。
Step 3のTaskの実践では、Step 1の学習で得た情報をトップダウン処理のための資料、Step 2で得た情報をボトムアップ処理のための資料として使用させ、情報の編集処理を行いながら話者のメッセージを理解させます。
Step 3の各Taskでの学習に用意されるHint情報も3種提示しますが、原則としてつぎのような内容としています。
- Hint1 がトップダウンの情報処理の使い方を示唆
- Hint2 がボトムアップ処理の手法を示唆
- Hint3 が編集処理の手法を示唆
たとえば、Step 2のTaskを実践させるために、以下のようなHint情報が用意されています。
Step 2のHint例
- Hint 1:三つの学問分野の人々があげられています。
- Hint 2:三つの学問分野の人々があげられています。
- Hint 3:stole from という表現のあとに注意して、もう一度聞いてみよう。
次に、Step 3のTask実践のためのHint情報としては以下のようなものが用意されています。
Step 3のHint例
- Hint 1:
友人との対話と初対面の人との対話では、同じ内容でも異なる表現を使うことが日本語にもあることを考えてから聞こう。- Hint 2:
特に中盤から後半にかけて注意して聞こう。- Hint 3:
steal from が親しい間柄で使われる表現であるのに対して、もう一つは初対面の人同士でも使える表現です。この先生が interdisciplinary research についてまとめているところを聞き取ろう。
このような、漸進的に進むTaskとHint、Task間の有機的な関連付け、その他の情報群の他に、実際のコースウェアには英文スクリプトによる確認、文法事項や異文化の発想などの解説欄などがあります。学生はそれらを活用することにより、レベルの高い自然な言語素材で学びながらも、それほど難しいと思わずに各Taskを実践できます。
本指導法には、レベルの高いAuthenticな(生の)素材を使った学習でも「難しくて歯が立たない」と学習者に思わせないようにする方策が数多く導入されています。このことに関して、指導法開発段階での検証実験のうちの3つの検証結果を記します。
検証1:Stepが進むにつれてTaskの難易度は上がっているか
長文の発話素材を使い、Hintなどの情報なしでStep 1、Step 2、Step 3の各Taskの設問に解答させたところ、正答率はそれぞれ73%、35%、1%でした。このことにより、Stepが進むにつれて難易度の高いTaskとなっていることが推定されました。
検証2:新出語句が多義語の場合、どうやって日本語訳を提示するか
文中の難しいと考えられる単語、または連語の意味をひとつだけ提示しておいた場合、文単位の発話の内容理解問題に対する正答率は、単語の場合47%、連語の場合54%でした。一方、提示しなかった場合の正答率(20%)の2倍強でした。このことにより、新出語句については、辞書に載っている意味を複数与えるのではなく、その文脈にあった意味だけを与えることが効率的、効果的な学習に繋がることが推定されました。
検証3:Hintはいくつ提示するのが適切か
Task実践時に与えられるHint情報が内容理解に及ぼす効果として、1つの場合はTask正解率を30%弱向上させるに過ぎないが、3つ与えた場合は正解率を75~84%向上させられることが確認されています。このことにより、適切なHintを3つ与えると、内容理解を飛躍的に向上させられることが推定されました。
3 Step Systemは、30年以上にわたって実践されてきた上記のような研究の積み重ねにより構築された英語リスニング指導理論なのです。